漢方だけで十分か?
2012.10.21に大阪で行われた、第5回日本中医学会学術総会で、陳士奎教授の講演がありました。その中でも特に印象に残ったお話を紹介します。李克紹教授の話です。
李克紹教授は中国の有名な中医師で、傷寒論や金貴要略に造詣が深く、いわゆる経方派の大家です。その誰もが名医と認める彼が、自分自身の苦い経験として、1人の患者さんを紹介しています(北京中医学院学報, 1986,2:27)。
患者さんは40才男性で、農民です。
数ヶ月続く微熱と全身の関節の痛みがあり、いろいろと治療しても良くならないため、来院しました。脈は洪大で有力で口の中が乾くという症状がありました。
白虎加桂枝湯を一剤処方すると、諸症状が完全に消失しました。彼は喜んで会う人に言いました。「私はこれまで数十元払っても病気が良くならなかったのに、今回は数角(前回の1/100)で良くなった。」
しかし、数日後、彼がまた来院しました。
主訴は食欲不振で、何も食べたくないとのことでした。脈は正常でしたが、舌は紅く苔は少なく、口の中が乾き、胃の中が熱い感じがありました。弁証すると、肝陰が不足して不疏脾であることは明らかでした。傷寒論の厥陰病として烏梅を主薬として党参、石斛、麦芽などを加えて処方すると、一剤で食欲が出て、二、三剤内服すると薬を止めることが出来ました。
それから数日してまた来院しました。
症状は往来寒熱で1日の不定時に発熱発作が出現するとのことでした。脈は弦脈に変わっていました。傷寒論を学んだことのある人であれば、これは厥陰病が小陽病に出たものだとわかるでしょう。小柴胡湯を一剤処方すると、寒熱は消失しました。
冬休みにまた偶然その患者に会うと、
「あれからまた病気になって、文城医院で検査すると胃癌でした。手術してからはもう調子がいいです。」
その半年後にその患者は死んでしまいました。
中医学はすばらしい医学ですが、万能ではありません。
漢方だけで十分だといって西洋医学を無視していると、西洋医学で救えたはずの命を失ってしまうことにもなりかねません。
やはり症状が続くときには採血や画像検査、内視鏡検査など必要な検査を受けておくことをおすすめします。検査で異常がなくて、症状が良くならないというのであれば、そこは中医学の出番です。