腑病の証侯
六腑の特徴は次の言葉で表されます。
瀉して蔵さず、実して満たず、降をもって順となし、通をもって用となす。
1. 胃気虚証
胃の受納して腐熟させる機能が低下したことによって出現します。
胃脘部がシクシクと痛んだり、食べたくない、食後に腹が痞えて脹る、げっぷなどの症状が特徴です。
2. 胃陽虚証
胃気虚と同様、胃がシクシク痛んで、喜按であることに加えてさらに、冷えて痛く、喜温です。冷えの症状は全身に及ぶこともあります。
胃陽虚と胃気虚、脾陽虚、脾気虚の関係はどうなっているのでしょうか?
食べる量が少なく、胃のあたりがシクシク痛むのは共通する症状です。
一つは、胃の位置はやや上部で脾の位置はへその周囲でやや下部ですが、痛み自体がはっきりしない時に区別できるでしょうか! 脾気虚と脾陽虚が他と異なるのは大便の変化です。脾の異常では泥状便が見られます。他には、げっぷやしゃっくりが胃の病でよく出現します。
これらの症状から脾と胃の区別をします。
もちろん脾気虚と胃気虚が共存する場合もあり、脾胃気虚と言われます。
3. 胃陰虚証
胃の陰液が不足して胃を濡養できなくなって出現する虚熱の証侯です。
病位は胃にあるので胃脘部の痞脹と疼痛が見られますが、胃陰虚の特徴は何でしょうか?
胃脘嘈雑です。嘈雑とは何でしょうか? お腹がすいているようでそうではなく、痛いようで痛くはなく、焼けるようでそうではないような不快な感覚です。胃気は虚してないので食欲はありますが、胃陰が虚しているので運化がうまく行かず、お腹がすいているのに食べたくないという症状が出現します。虚熱の症状としては、五心煩熱や寝汗、顴紅などの全身の陰虚の証侯は顕著ではありません。大便が乾燥する、小便が黄色で量が少なくなる、舌苔少、脈細数などが見られます。
4. 胃熱証
熱邪が胃にあることによって生じます。
重い肉体労働をしてお腹が減って、たくさん食べるのは問題ありませんが、胃に熱があると、別に体力を消耗したわけでもないのにお腹がすごく減ってたくさん食べます。それでも太らずにやせていて、食べてもすぐにお腹が減ります。胃の消化機能が旺盛すぎる状態です。その他に、口臭や歯茎が赤くはれたりします。また、のどが渇いて冷たいものを飲み、便秘をして小便は黄色くて少なく、舌は赤く苔は黄色で脈は滑数です。ただ発熱があるとは限りません。肺熱熾盛や心火亢盛、肝火熾盛などではみんな体温が高くなったり熱感を感じたりしますが、胃熱の人は自覚的にも他覚的にも発熱は見られず、胃脘部の灼熱感があるのみです。
ただ、歯の痛みは腎の陰虚火旺でも出現します。その場合は歯茎が赤くなってもひどくは腫れません。歯が痛いのは胃熱の他に陰虚でも見られることに注意が必要です。
5. 寒飲内停証
飲邪が胃腸に停留して生じます。透明さらさらのものを吐いたり、腸がゴロゴロ鳴ったり、胃脘部が痞えて張ったり、胃に振水音を聞いたりします。
6. 寒滞胃腸証
寒邪が胃腸に停留した時に生じる証侯です。
突然出現する胃脘部または腹部の激烈な冷痛と嘔吐、下痢が主症状です。西洋医学では急性胃腸炎と呼ばれますが、寒邪によるものなので、「火」2つからなる「炎」を使った急性胃腸炎の病名は適切ではありません。
寒飲内停と寒滞胃腸、脾陽虚の違いは何でしょうか?
寒飲内停では飲の症状が目立ち、痛みは顕著ではありません。寒滞胃腸は突然の発作的な腹部の冷痛で、サラサラの水を吐いても下痢をしてもかまいませんが主要な問題ではありません。脾陽虚では慢性的なシクシクする痛みで虚弱の症状を伴います。
7. 食滞胃腸証
食べ過ぎによる症状でだれでも経験したことがあるでしょう。
腹が張って痛く、吐いた物はとても酸っぱくて臭く、大便も玉子の腐ったようなにおいがします。
8. 胃腸気滞証
胃腸の働きが障害され、脘腹部が脹って痛く、痛みがあちこち移動する特徴があります。
気が集まったり散ったりして痛みが増減し、腹がゴロゴロ鳴って、げっぷやおならが増えます。何が原因で気滞になるのでしょうか? たとえば情緒の問題で生じます。寒邪によっても生じます。さまざまな原因で生じますが、寒邪によって生じれば寒滞胃腸証です。食べ過ぎによって生じれば食滞胃腸証です。原因が寒邪でも食べ過ぎでもないものが胃腸気滞証です。
9. 虫積腸道証
ほとんどが蛔虫によるもので、腹痛や蛔虫を吐いたり、大便と一緒に蛔虫を排出したり、検査で蛔虫の虫卵を検出したりします。蛔虫が栄養を吸収するので顔色が黄色かったり痩せたりします。
10. 腸熱腑実証
全身の熱証によって便秘し、腹脹腹痛が出現します。裏熱熾盛は腸の熱とは限らず、肺の熱でも肝の熱でも胃の熱でもかまいません。大腸熱結証や大腸実熱証、陽明腑実証とも呼ばれます。
傷寒論では痞・満・燥・実・堅の五文字で特徴を表しています。実は病気の属性が実であることを示していますが、痛の字があるべきで、この証の特徴を痞・満・燥・痛・堅としてもよいでしょう。
腹部脹痛、便秘が主症状で、発熱、口渇、舌紅、苔黄焦燥、脈沈実などか見られます。
11. 腸燥津虧証
津液が不足して大腸が乾燥し、大便が乾燥して、便秘を主症状とする証候です。
口乾、口臭、舌紅少津、苔黄燥、脈細渋の症状が出現します。
腸熱腑実証との違いは何でしょうか? 腸熱腑実証では必ず発熱があり、強い腹痛を伴います。その一方でこの証では発熱はなく、腹痛もひどくはありません。腸熱腑実証は実証ですが、この証は虚証です。この証では慢性的な便秘があって必ずしも痛いとは限りません。
12. 腸道湿熱証
とてもよく見られる証で、以前は大腸湿熱と呼ばれていましたが、実際上は湿熱は大腸だけではなく、小腸や脾にも見られます。
病位が腸にあるので、腹痛、腹脹、腹瀉が大腸の病変でも小腸の病変でも見られます。
下痢にはいくつか性質の異なるものがあります。一つは膿血便と裏急後重が見られるもので、痢疾であって、病位は大腸にあって小腸にはありません。2つめは水のような下痢が一日に数十回も続くもので、小腸が清濁を分けることができないために生じます。病位は小腸にあって、大腸にはありません。このような泄瀉は厳格に言うと、病位は小腸にあります。もう1つは便が黄色い粥状で、すっきり排便できないもので、病位は小腸あるいは脾にあります。
腸道湿熱証の症状としては、身熱、口渇、肛門灼熱、尿短黄、舌紅、苔黄膩、脈滑数などが出現しますが、湿の症状の特徴である、重・濁・悶・膩・緩の徴候はあまりはっきりしません。それなのになぜ湿熱と言うのでしょうか? 一つは湿熱の邪を感受して発症しているからです。ではなぜ湿の症状がはっきりと出ないのでしょうか? それは下痢で大量の水分を失っているからです。
大腸湿熱は単なる湿熱ではなく、それ以外に気滞血オを伴うことに注意してください。裏急後重では痛くなったり痛くなくなったりします。また、膿血便は腸粘膜の血管が損傷することで生じます。昔の人は行気すれば後重が止み、活血すれば膿血便がなくなることを強調しています。
13. 膀胱湿熱証
よく見られる尿路感染症に属します。
主症状は小便が赤く、灼熱感と痛みを伴うことです。
心火が下に移ってきたときにも頻尿になって痛みを伴い、尿が黄色く赤みを帯びますが、
一番の違いは心煩、口舌のアフタ、口渇などの心火の症状が先行することです。
14. 胆鬱痰擾証
異常はどこに生じるのでしょうか? 胆のうが痛いわけでも腫れるわけでもありません。臨床では、怯えたり驚きやすくなったり、驚いて動悸がしたり、心が落ち着かなかったり、不眠多夢、ため息などが、目立つ症状で、これらの証侯が見られる場合に胆鬱痰擾証と言われています。同時に胸脇張満が見られることもあります。胆鬱痰擾証は小陽病の証侯と似ています。往来寒熱、胸脇苦満、黙黙として飲食を欲しない、心煩、喜嘔などの小陽病の症状は、往来寒熱以外は共通しています。
必ずしも痰の症状ははっきりしませんが、習慣的にこの呼び名でみんな呼んでいます。胆鬱痰擾証で見られる症状は、多くが情志不遂によって引き起こされ、中医学では情志不遂によって火を生じ、火が津液を焼いて痰を生じると考えられています。