脾病の証候
脾には2つの特性があり、1つは脾気が昇を主(つかさど)ること、もう一つは脾は燥を喜び、湿を悪むことです。
脾の病変では、
①運化(食べ物を消化・吸収する働き)が遅鈍になります。
脾は運化を主るので、飲食物を消化吸収できなくなります。現在の観点から言えば、
特に吸収が主要になります。運化機能が低下すると、吸収機能が減退し、
栄養物質が不足して血を作る源が不足して栄血がなくなります。
②清陽が昇らなくなります。
清陽とは何でしょうか? 清陽といえば、清い陽気と、栄養物質を指します。
清陽が昇らないと統血が失調します。
脾の病変ではどのような症状が出現するのでしょうか?
最もよく見られる症状は、腹が張って、しくしく痛むというものです。
脾は一体どの臓器を指すのでしょうか?
筆者は脾の病変ではおそらく小腸が主要であると考えています。
小腸は何メートルもあって、主な働きは吸収です。
昔から小腸は清濁を分けると言われてきましたが、それはどういう意味でしょうか?
飲食物から栄養物質(清)を吸収し、栄養にならないもの(濁)を大腸に送るということです。
筆者は脾の病気は相当部分が小腸の問題と関係していると考えています。
小腸はへその周囲にあって、小腸の機能が減退すると昔の人は脾の機能が減退したと考え、腹が張って、しくしく痛むという症状が出現したのです。
脾の病変では、気虚が本で、湿困が標です(気虚為本、湿困為標)。
脾は気血を作る源なので、気虚は脾の本質的な病理です。
脾の虚証は気虚で、脾の実証は湿困で、脾虚生湿となります。
虚は気虚で、実は湿困で、脾の病気では気虚と湿困の2方面の証候が出現します。
1. 脾気虚証
脾気虚と言うためには、次の6文字が必須です。
食少・腹脹・便溏(泥状便)
その他に以下の気虚の8文字が必要です。
気短、乏力、神疲、脈弱
但し、気短がなくてもかまいません。あるいは神疲がなくてもかまいません。
それ以外に脾気が不足すると、栄養を吸収できなくなる他に、
水湿の運化する働きが低下するため、むくんだり、白い帯下が出現したりしますが、
これらの症状はなくてもかまいません。
2. 脾虚気陥証
脾気虚の症状に加えて、脾気の昇挙する働きが低下するため、
内臓下垂、子宮下垂、脱肛などの症状を伴います。
3. 脾陽虚証
脾気虚の症状に加えて、陽気か不足するために冷えの症状を伴います。
虚寒証なので、冷・白・稀・遅・けんの症状が見られます。
脾陽虚になると、水湿内停の症状が比較的よく見られるようになりますが必須ではありません。
4. 脾不統血証
脾気が虚弱なため、気が血を摂することができず、慢性の出血傾向を示します。
血尿、血便、吐血、鼻出血、紫斑、オ斑、月経過多などの慢性出血が見られます。
出血は損傷や血熱、血オ、気虚で見られます。脾不統血の出血は慢性で繰り返すのが特徴ですが、初めて出現した症状の場合、どうやって慢性の反復発作と言うことができるでしょうか?
病人の脾虚証が典型ではなく、食少・腹脹・便溏の症状がすべてない時にはどうやって弁証すればいいのでしょう? そういう場合は、排除法を使うことができます。
外傷の既往がなければ、外傷性出血を除外できます。発熱、口渇、舌紅、苔黄、脈数など明らかな熱の症状を伴う時には脾不統血とは言えません。腹に腫瘤をふれず、刺痛もなく、舌下静脈の怒張や脈渋などの症状がなければ血オではありません。損傷や血熱や血オの症状がなければ、あとは脾不統血しかありません。
5. 寒湿困脾証
外界の湿邪が多すぎることによって、あるいは生ものや冷たいものなどを食べすぎたりすることによって、脾の運化に影響して生じる証侯です。
湿邪の特徴である、重・濁・悶・膩・緩 が見られます。他には尿少、肥満、浮腫、白色帯下、苔白膩、脈濡緩などが見られます。
それとは別に、脾の症状として、食少・腹脹・隠痛・便溏があります。ただこの時には食少は、納呆と呼ぶべきです。食少は物を食べても味がしなく、食べる気がしない、食欲もない状態を言います。納呆は食べさせれば少しは食べられますが、食べなくてもよく、お腹が減らない状態をいい、納呆の多くは湿があるか食べ過ぎによるものです。
・脾虚湿困と寒湿困脾の違い
脾虚湿困はもともと脾虚があって、
徐々に体が重い、白色帯下があるなどの湿の症状が出現してくるものです。
寒湿困脾は湿困脾陽とも言われますが、
湿が最初にあって、脾の機能が低下してくるものです。
・脾陽虚と寒湿困脾
脾陽虚では陽気不足のため、水湿の運化ができず、寒湿が内停します。
寒湿困脾では寒湿が内盛するため、脾陽が損傷されます。
理論上はこのように区別できますが、臨床では陽虚が先か、寒湿が先か区別するのが困難なことが多く、厳格に区別する必要はありません。
6. 湿熱蘊脾証
脾失健運の症状と湿熱の症侯が出現します。
湿熱の症状としては、身熱、困重、苔黄膩、脈濡滑数などがあります。
湿熱蘊脾は主に虚証ではないので食少ではなく、ご飯を食べたくない、脂っこいのを見るのも嫌などの症状が出現し、納呆と言うべきです。泥状便ですっきり排便しない、口渇はあるが飲みたくないなども脾の湿熱の症状です。
李東垣は脾の病について、三つの点を重視しています。
①脾は元気の源であること。
②脾は昇降の中枢であること。
③脾と湿の関係
そのため、彼の治療では、益気、昇陽、除湿 の六文字を重視しています。
それは昇陽益気湯、昇陽除湿湯、補中益気湯などの彼の方剤名にも表れています。